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熊本地方裁判所 昭和61年(ワ)1169号 判決 1993年5月14日

熊本市清水町新地七四八番地二

原告

開成工業株式会社

右代表者代表取締役

谷冨史直

右訴訟代理人弁護士

東敏雄

熊本県玉名郡玉東町稲佐一五五番地

被告

株式会社有明工業

右代表者代表取締役

中川秀喜

右訴訟代理人弁護士

高屋藤雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金九六〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が製作販売している自動堰落し装置が、谷冨史直の特許権に基づく原告の独占的通常実施権を侵害したとして、原告が被告に対し損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び認定した事実

1  原告の権利

谷冨史直は左記の特許権(以下「本件発明」という。)を有し、原告は谷冨史直から同特許権につき独占的通常実施権の設定を受けていたが、第六年分特許料不納で、昭和六一年五月一三日特許権の登録を抹消された(甲一、二、乙二、弁論の全趣旨、右特許権の登録が抹消されたことは争いがない。)。

発明の名称 自動堰落し装置

出願日 昭和四九年一月九日(特願昭四九-六四五〇)

公開日 昭和五〇年八月九日(特開昭五〇-一〇〇八三〇)

公告日 昭和五四年六月二一日(特公昭五四-一六三四六)

登録日 昭和五五年一月二二日

特許番号 第九八三七四二号

特許請求の範囲

「水路内に設けられる堰板1を直立状態に係止すると共にその係止を、水路内の水位が所定値を越えると自動的に解除するようにした自動堰落し装置において、水路の一側に、内部がその水路と常時連通する函体7を沿設し、その函体7内に、第1揺動部材12と第2揺動部材13とを上下に屈折可能に枢支連結14してなる浮力伝達リンク15の基部を起伏自在に軸支16し、その浮力伝達リンク15には、前記函体7内に収容され、浮力により当該浮力伝達リンク15を上方に屈折作動し得るフロート18を連結し、さらに前記函体7には、前記フロート18に浮力が作用しない、前記浮力伝達リンク15の伸直時、少なくともその前記枢支連結14点よりも上方において前記第2揺動部材13に係合される係合部8aと、前記函体7を通して水路内に出没して前記堰板1を係止し得る突部8bとを設けたストッパ部材8を揺動自在に軸支してなる、自動堰落し装置。」(本件発明についての番号及び符号は、別紙図面一記載のものを示す。)

2  本件発明の構成要件及び作用効果

(一) 本件発明の構成要件

本件発明の特許公報(甲一、以下「本件公報」という。)によれば、本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

(1) 水路内に設けられる堰板1を直立状態に係止すると共にその係止を、水路内の水位が所定値を越えると自動的に解除するようにした自動堰落し装置において、

(2) 水路の一側に、内部がその水路と常時連通する函体7を沿設し、

(3) その函体7内に、第1揺動部材12と第2揺動部材13とを上下に屈折可能に枢支連結14してなる浮力伝達リンク15の基部を起伏自在に軸支16し、

(4) その浮力伝達リンク16には、前記函体7内に収容され、浮力により当該浮力伝達リンク15を上方に屈折作動し得るフロート18を連結し、

(5) さらに前記函体7には、前記フロート18に浮力が作用しない、前記浮力伝達リンク15の伸直時、少なくともその前記枢支連結14点よりも上方において前記第2揺動部材13に係合される係合部8aと、前記函体7を通して水路内に出没して前記堰板1を係止し得る突部8bとを設けたストッパ部材8を揺動自在に軸支してなる、

(6) 自動堰落し装置。

(二) 本件発明の目的及び作用効果

本件発明の目的及び作用効果は次のとおりである(本件公報)。

(1) 目的

機械式の自動堰落し装置も提案されているが、それらはいずれも、前記ストッパ部材と、それに係合してフロートの浮力をそのストッパ部材に直接伝達する浮力伝達部材との間に作用する摩擦力が強大であり、そのため当該ストッパ部材を作動するに必要な荷重が大きく、体積の相当大きいフロートを使用してもなお作動が不確実である等の欠点があった。

本件発明は前記の点に鑑み、小さなフロートの浮力によっても前記ストッパ部材が確実に作動することができるようにして、機械式の自動堰落し装置の、従来の欠点を解消し、しかも構造簡単かつ安価であるという該装置の本来の長所をそのまま生かした自動堰落し装置を提供することをその目的としている。

(2) 作用効果

<1> 比較的小容積のフロート18を使用しその小さな浮力を以てしても、浮力伝達リンク15を上方へ容易に屈折変形すると共にストッパ部材8を確実に揺動させてその突部8bを函体7内に没入し、堰板1を迅速に倒すことができるので、作動が確実であり精度の高い、しかもコンパクトな自動堰落し装置が得られるものである。

<2> 全体として構造が極めて簡単であり、生産コストを低く抑えることができ、耐久性も高いので、小型自動堰として特に最適である。

<3> フロート18に浮力が作用していない、浮力伝達リンク15の伸直時に、ストッパ部材8の第2揺動部材13に対する力の作用点即ちそれら両部材の係合点に対して、浮力伝達リンク15の枢支連結14点の上下位置を適当に設定することにより、ストッパ部材8から第2揺動部材13に加えられる回転モーメントが一義的に決定され、これと共に浮力伝達リンク15の屈折荷重が適宜設定されることとなり、従って堰の落下水位の設定を容易に行い得るものである。

3  被告の販売行為

被告は、昭和五五年ころから、別紙被告装置説明書記載の自動堰落し装置(以下「被告装置」という。)を業として製造販売している(争いない事実)。

4  被告装置の構成と作用

被告装置の構成と作用は、別紙被告装置説明書記載のとおりである(争いない事実)。

二  争点

1  被告装置が本件発明の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するか。

原告は、本件発明の技術的範囲の解釈及び均等論の適否について、要旨次のとおり主張している。

(一) 本件発明の技術的範囲の解釈

特許の技術的範囲は、特許請求の範囲のうちから公知常用の部分を除外することにより明らかになる。

してみると、本件発明の技術的範囲は、係止機構の解除に屈折機構を用い、係止部を後退離解させる点にある。被告装置も屈折機構を用いており、その使用を除外すると被告装置は成り立たなくなるので、双方は同一の技術範囲に属する機構を用いているといえる。

(二) 原告主張の均等論

被告装置が用いている屈折機構が、本件発明の構成要件に該当しないとしても、均等である。

2  損害額

第三  争点に対する判断

一  本件発明と被告装置の対比(争点1)について

1  本件公報に示されている本件発明の実施例と別紙被告装置説明書で特定された被告装置を対比してみると、少なくとも左記の諸点において、両者が異なることが明らかである。

(一) 構成上の対比

本件発明の分説した構成要件(1)、(2)、(3)、(4)及び(6)については、被告装置においても対応する構成を具備しているものと考える。

しかし、本件発明では、構成要件(5)には、「前記浮力伝達リンク15の伸直時、少なくともその前記枢支連結14点よりも上方において前記第2揺動部材13に係合される係合部8a」と記載されているので、浮力伝達リンク15の伸直時、枢支連結点14よりも上方に、第2揺動部材13に係合される係合部8aが設けられるべきことが必須の構成とされている。そして、この要件は、前記の作用効果に照らして、単純に「上方において・・・係合される」ことではなく、係合部分の解放前に枢支連結14点が軸支16点と係合部8a点を結ぶ線よりリンク作動方向に対し実質的に下方にある位置関係であることが要求されているものと考えられる。これ対し、被告装置では、本件発明の枢支連結14、第2揺動部材13、ストッパ部材8、係合部8aにそれぞれ対応するピン19、係止爪20、バランスカム車輪16(送り爪13)、カム溝15の位置関係は、ピン19点とカム溝15点を結ぶ線より、U型杵18及び係止爪20(本件発明のリンクに相当)の作動方向に対して上方にある(別紙被告装置説明書、検証の結果)。

(二) 作用効果上の対比

本件発明では、特に構成要件(5)に記載された構成の作用効果として、前記第二の一の2(二)(2)<3>のとおり、「フロート18に浮力が作用していない、浮力伝達リンク15の伸直時に、ストッパ部材8の第2揺動部材13に対する力の作用点即ちそれら両部材の係合点に対して、浮力伝達リンク15の枢支連結14点の上下位置を適当に設定することにより、ストッパ部材8から第2揺動部材13に加えられる回転モーメントが一義的に決定され、これと共に浮力伝達リンク15の屈折荷重が適宜設定されることとなり、従って堰の落下水位の設定を容易に行い得るものである。」と記載されている。これに対し、被告装置は、その構成からして、本件発明における前述のような作用効果はないものと解される。

2  被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか否か。

以上述べたとおり、本件発明は構成要件(5)に記載された要件を必須の構成としているが、被告装置はその構成において前記1(一)の差異があり、また、本件発明は右構成要件(5)に記載された構成により前記1(二)の作用効果を奏するものであるが、被告装置はその構成からしてそのような作用効果を奏せず、被告装置は、本件発明の構成要件(5)を充足しないものと考える。

したがって、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属さない。

二  本件発明に関する原告の技術的範囲の解釈(争点1(二))について

1  原告の主張は独自の見解であって採用することはできない。

特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法七〇条)のであり、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない(同法三六条五項一号、二号参照)。そして、特許請求の範囲に記載された各事項は、いずれもそれだけで独立した発明を構成しているわけではなく、当該特許発明を構成する要素として組み入れられ、全体として新規な一つの発明を構成するものとして記載されているのである。したがって、当該発明を構成する一部の要素が出願時公知であるとしても、それのみの理由で右事項を当該特許発明の構成要素から排除すべき理由とはならない。

原告は、その主張に沿うものとして、最高裁判所昭和四九年六月二八日判決(裁判書集民事一一二号一五五頁)を揚げているが、右判決は、特許請求の範囲の記載を字句どおり解釈すると当然にその技術的範囲に属するとされるものが公知の技術であるとき、そのような公知技術が特許発明の技術的範囲に属しないように解釈すべきである旨を明らかにしたもので、公知の部分をいわば機械的に取り除いた残りの構成要件から特許発明が成り立つとする趣旨ではない。

2  原告は、さらに屈折機構を利用している点で、被告装置が本件発明を侵害している旨主張するようであるが、前述のとおり特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず、右概念によって特許権として保護される範囲が画されているのであるから、屈折機構であるという共通点があるのみでは特許権侵害があるとはいえず、各屈折機構の構成を比較すると前述のとおり同一の機構ではないのであるから、原告の主張は理由がない。

三  原告主張の均等論(争点1(二))について

均等論は、特許発明の技術的範囲の限界を画するために用いられるもので、構成要件の一部を充足しないことを前提としつつ、当該構成要件とは異なるが同一の作用効果をを奏する別の構成を有することにより、全体として当該発明と均等の技術思想であると認められるものを、当該発明の技術的範囲に属するとする考え方である。

原告の主張は、本件発明の技術的範囲を不当に拡大するものであり、採用することができない。

四  まとめ

以上のとおりであって、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 秋吉仁美 裁判官脇博人は、転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 堂薗守正)

別紙図面一

本件発明 :特公昭54-16346「自動堰落し装置」

<省略>

被告装置説明書

(1) 図面の説明

別紙図面二及び三の第1図は被告装置の正面図、第2図は平面図、第3図はロータリー自動ロック装置の拡大平面図、第4図、第5図はロック状態と解放作動状態を示した第3図A-A線断面図、第6図は係止爪20を枢着するU型杆18の側面図、第7図はその平面図、第8図は逆へ型の押圧杆26と腕杆28を示した側面図、第9図はその平面図である。

(2) 構成の説明

台枠1の一方側部に減速機2を設置して減速機2の主軸3の一端に水路に下端を枢着した扉体の巻上ドラム4を固締し、台枠1の他方側部上面に設置したボックス5内に巻上シャフト6を軸支し、該巻上シャフト6と減速機2の副軸3'とを無端チェン、鎖車等で連動させる様になした巻上機7において、ボックス5内の巻上シャフト6に爪車8を固締し、巻上シャフト6の上方に中間軸9を並設し、ボス10の両端にフランジ11、11'を突設してフランジ11、11'の下面に扇形状の重り12を垂設し、フランジ11、11'の下方間隔の左側位置に爪車8と噛合する送り爪13の中央位置をピンで枢着すると共に、送り爪13と対向して送り爪板14を固締し、フランジ11、11'の上方間隔の右側位置にカム歯15を固定したバランスカム車輪16を形成し、該バランスカム車輪16を中間軸9に遊架して下面の送り爪13を爪車8と係合させ、バランスカム車輪16の右側斜下方寄り位置においてボックス5内に枢軸17を軸支し、該枢軸17にU型杆18を枢着すると共にU型杆18の先端にピン19で係止爪20を枢着し、係止爪20の先端の係止段部20'をバランスカム車輪16のカム歯15と係合させ、U型杆18の外側より突設した板片21の先端より外側へ軸片22を突設してガイドローラ23を遊着すると共に板片21の先端上面より内側へ係止爪20のストッパー24を突設し、バランスカム車輪16の後方で中間軸9に遊架したボス25に逆へ型の押圧杆26を突設してU型杆18先端の板片21と対向させ、該押圧杆26の内面にガイド溝27を設けてガイドローラ23を係嵌させ、押圧杆26と対向してボス25より腕杆28を突設し、フロートより上方へ突設した連杆29の上端を腕杆28に連係した自動堰落し装置30である。

尚図中31はロック解放用の手動操作杆、32は女型レバー、33は巻上げハンドル、34は巻上シャフト6と連動する油圧ブレーキを示す。

(3) 作用

巻上シャフト6と減速機2を介して連動する巻上ドラム4に扉体のワイヤーを巻込みして扉体を起立させた場合、巻上シャフト6の爪車8と連動するバランスカム車輪16のカム歯15に、U型杆18内に枢着した係止爪20の先端の係止段部20'が係合してバランスカム車輪16の回転を阻止し、係止爪20の浮き上りを逆へ型の押圧杆26のガイド溝27とガイドローラ23との係合でもって阻止して扉体の起立状態をロックするもので、水路内の水位が扉体の倒伏水位に上昇すると、連杆29がフロートによって押上げられ、腕杆28が上昇回動して腕杆28と一体的に連結した逆へ型の押圧杆26が上方へ回動し、ガイドローラ23の係止力が解放され、係止爪20はカム歯15より脱係されて係止段部20'がカム歯15に乗着して爪車8は送り爪13による係止力が解除され、巻上シャフト6は反時計方向へ逆回転しながら扉体を倒伏させる作用を奏するものである。

別紙図面二

<省略>

別紙図面三

<省略>

被告装置各部名称一覧表

1、台枠

2、減速機

3、減速機の主軸(第1、2図)

3、減速機の副軸(第2図)

4、扉体巻上ドラム(第2図)

5、ボックス(第2、3図)

6、ボックス5の巻上シャフト(第2、3図)

7、巻上機(2、3、3、4)と6を連動させた機構)

8、爪車(第3図)

9、中間軸(第3図)

10、ボックス(第4図)

11、11'、フランジ(第3、4図)

12、扇形状重り(第4図)

13、送り爪(第4図)

14、送り爪板(第4図)

15、カム歯(第4図)

16、バランスカム車輪(9、10、11、11、12、13、14、15より成る機構)

17、枢軸(第3図)

18、U型杆(第3、4、5図)

19、ピン(第4図)

20、20'、係止爪(第4、5図)

21、突設板片(第4、5、6図)

22、突設軸片(第3、7図)

23、ガイドローラー(第3、7図)

24、ストッパー(第3、7図)

25、ボス(第3図)

26、逆へ型押圧杆

27、ガイド溝(第4、5、8図)

28、腕杆(第4、5、8図)

29、連杆(第4図)

30、自動堰落し装置全体

31、ロック解放用手動操作杆(第3、4図)

32、女型レバー(第3、4図)

33、巻上げハンドル(第2、3図)

34、油圧ブレーキ(第2図)

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